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雁ノ巣のことは夢のまた夢 

斉藤和巳がホークスを去る日が来ました。

私はこのブログで、和巳が肩を再手術した際に「一刻も早く育成選手にすべき」とキツい事を書きました。
ホークスはそれまでに十分に和巳に報いたし、投げられる見込みのない投手に枠を取る必要はないと思いました。その枠は、若い育成選手にくれてやるべきだとも。

ですが、和巳に対する想いは、誰よりも相当に強かったんです。雁ノ巣時代の和巳のストレートとカーブ(フォークは投げて無かった)には、今の武田翔太と同じように強く魅了されましたから。ホークスの和巳・武田のレベルじゃなく、日本の和巳になれるんじゃないかと夢想したものです。
その後、信頼出来る、評論家の落合や杉浦忠さんが、まだ結果を出していない和巳を高く評価していたのをみて、その想いが、年々増幅しました。その増幅した想いにしっかりと応える活躍を03年からやってくれました。というか、あの時の和巳は、もう私が夢見た和巳以上の存在になっていて、別人のようでした。夢が現実になるってこういう感じなんかなぁと。

ただ、それでも、いつか、急に壊れるんじゃないかとも不安な気持ちも和巳にはありました。
何故、そう思ったか言いますと、01年に肩を壊して(開幕戦でリリーフ登板した後)、それから03年に復活した際に、「なんで、あれから、肩が良くなったのかが分からないんですよね。痛みに慣れたというか、試合で肩を作ったというか・・・。」と雑誌(野球小僧03年12月号)で答えていましたから。
「とんでない爆弾背負ってやってるなぁ。」と脆さを無双状態の和巳の裏に感じていました。もしかしたら、本人もいつか壊れると思っていたかもしれない。何が悪くて、どうして良くなったかが分からないまま復活してきたんだから。

07年にその爆弾が破裂してしまい、苦しい日々だったと思います。それでも、本当によく耐えた。
雁ノ巣ファンとしては、あの無双状態の和巳以上に、苦しさを耐え続け、リハビリを続けた和巳の方を誇らしく思いたい。
雁ノ巣の全体練習で、誰よりも速く、強く、必死にダッシュしていた美しい姿には、なにも嘘はなかった。あの苦しい時間は、誰も何も無駄じゃなかったはず。

最後に和巳の投球を見た時の記録がありましたので、リンクしておきます。お疲れさまでした。また、雁ノ巣で見果てぬ夢の続きを一緒にみよう。「斉藤和巳の現在地」
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今年が一番良かった 小斉 

小斉が楽天に移籍となりました。

小斉が育成枠で入団してきた06年、宮崎キャンプに行ったのですが、そこで見た彼の打撃練習は強く印象に残りました。大きく足を上げて、いわゆる「マン振り」と呼ばれる、フルスウィングで、2軍の球場でガンガンスタンドインさせてて、「これが育成ルーキー?冗談やろ。江川クラスやん。」と思ったのを覚えています。その後、2軍公式戦でも2年目の江川とともにクリーンアップを組み、それまでショボかった雁ノ巣打線を活性化させてくれ、即、支配下入りしました。驚く事にその後、一軍に上がった際にはいきなり3番でスタメン出場しました。(王采配の凄まじさよ)しかし、この時、20打席くらいノーヒットだったんですよね。このつまずきが今にしてみると痛かったのかな?あれから、チャンスも少なくなってしまった気がします。監督も変わったし。08年は良くなってきたんだけどなぁ、来年は小斉の年にならんかと期待したもんですが。

技術的な事を言うと、昨年までの小斉は左打者の長距離砲にしては、インコースの捌きがイマイチでした。投手は右投手が多いし、その右投手のほとんどがスライダーを投げる訳で、インが打てなきゃ左打者は厳しいです。
小斉は、アウトコースなんかは強い踏み込みで、おっつけるように(流すって感じじゃないんだよな)左中間に持っていけるんですけどね。だから、無骨な打撃スタイルの割には、意外にヒットゾーンは広かったはずです。課題はインだよなと思っていました。

しかし、今年の小斉は、そのインを強く叩けていました。オープンスタンスにして、グリップを高く構え、上からドーンと振りおろしてくる打撃になって、凄みを感じさせる打撃となっていました。インのスライダーはもちろん、昨年までは差しこまれてセカンドゴロになる事が多かった、インハイのストレートをも右中間に持っていけていました。

ただ、その急激な打撃の成長に守りの成長は追いつかず、いわゆる「守るポジションが無いタイプ」でしたから、今年も一軍入りは難しかったです。なんといっても、経験豊富なベテランと外人さんと同じタイプで競合する訳ですし。
守りは、昨年くらいから、サードもやりはじめてて、サードは、ボチボチと形になりつつはあったのですが(多分、吉本亮の若い時くらいで)、真のポジションとすべき、肝心の外野の守備はねぇ・・・。私は外野守備を最も厳しく診ているってのもあるかもしれませんが、正直、外野の守備力は、オーティズクラスでしたね。
一塁なら、巧いちゃいえませんが、それなりにこなせます。ここで、一塁やDHが空いている楽天への移籍は、またとないチャンスでしょう。どこぞの外人さんとの争いにはなるでしょうけど。ホークスよりも諦めないで済む。

それにしても、こういったチャンスの無い中、小斉は全く腐らず、全力疾走し、一打席も無駄にしていない姿勢が感じられました。統一球になって、大きく成績を落とさなかった事も買いだと思います。(というか、飛距離はのびたんじゃないか)ぜひ、楽天で一軍で活躍して欲しい。初代・育成枠の星として、居場所を掴んで欲しいと強く願っています。




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王の教えは正しかったのか?柴原洋 

柴原が引退を決断しました。

北九州のびっくり箱とも言われ(?)、印象的なサヨナラ打などドラマチックなプレーを演じてきたこの選手には色んな思い出があまたとあります。(私的には、04年プレーオフ5戦目での9回、レフト前同点タイムリーが最も興奮しました)
しかし、そのなかで、もし、柴原に引退インタビューをさせてもらえるなら、聞いてみたい事、第一は、そのドラマチックなプレーについてよりも「王さんの打撃指導をどう考えていましたか?」という点です。

王さんは、柴原が不調になると打撃練習で「なんで、当てに行くような振り方をするんだ!!しっかり振れ、女の腐ったようなスウィングするな。(この言葉が特に印象的でした。女性の方々、王さんになり変ってあやまります)」と指導されていたようです。
これに対して、当時の島田コーチや新井コーチは苦虫を噛み潰していたようで(苦笑)、「柴原の一番良いのは、バットコントロール。レフト前にチョコンと打てる打者なのに。」という思いがあったようです。(余談ですが、コーチとして、ホークスに盗塁の技術を授け、貢献した島田誠ですが、柴原だけは足が速いのに盗塁の技術を向上させられなかったですね。あの頃は、クリーンアップが飛距離を出せていたので、柴原が無理にガンガン走らなくても良かったとは思いますけど。)

私自身の勝手な想いですが、柴原は逆に王さんにこうして「強く振る」指導を受けた事で、これほど長く現役が続けられたのではないかと思っています。レフト前に打つにしても、強く振ってのレフト前であるべきだと。。(これまた、脱線ですが、レフト前といえば、01年の1番柴原、2番ペドロ・バルデスの1・2番コンビは良かったなぁ。あの二人の逆方向に打つ打撃は、華がありました。)
ましてや、打撃投手のゆるいボールをフワっとレフトに打っていても、技術の向上は無かったのかなと。
私は、打撃の最も良い形は、センターから右(右打者なら左)に強い打球を打てるどうかだと思っています。落合がいつも言う「最も打球が飛ぶセンターが、最も深くなるように、球場設計されている」というのは、至言で、ここに打つ打撃練習をしておかないと早くに打撃が狂ってくると思います。その為には振らないとね柴原の最後のヒットは、その王の教えが染み込んだ、レフト前ヒットだった気がしたのです。強く振って、レフトに打つ、見事なヒットではなかったでしょうか。

私の娘が最もお気に入りの選手が柴原でした。最初に名前を覚えた選手なのかもしれません。雁ノ巣の試合後に柴原がいて、「サインもらいにいくや?」と聞いたら、恥ずかしがって、逃げていったほどで。柴原グッズも家には多数あります。(笑)いつか、柴原が育てた選手を娘とともに応援出来たらと。柴原、お疲れ様でした。

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もういちどあの頃の夢を 高橋徹 

高橋徹が自由契約となりました。この投手を初めて観たのは、まだYOUTUBEもない時代、ネットでドラフト候補の動画を会員で持ち寄り公開するシンジケートサイトでのことでした。(今はありません)

もう一目ぼれでしたね。あの柔らかい腕の振りに、ピュっとくる空振りが取れるストレート。打者手元でキュっと落ちるSFFと同級生の涌井よりも魅了されました。(涌井も凄かったけど)そういった投手をライブで実際に見ると意外に「あれ?こんなもんだっけ?」となりますが、初めて、雁ノ巣のブルペンで観た徹のキレのある速球は高校生のキレではなく、「やっぱり、いい。よーホークス指名した。」と。

柔らかい腕の振りと書きましたが、ルーキーの頃は、テークバックが非常に大きな投手で、「どこまで後ろに引きこめるんだ?どんな肩甲骨してるんだ。」と思ったものです。ボールを持つ右手のこぶしが背中の真ん中くらいまできていましたから。それでいて、左肩はねじっていないから、捻転差がすごかった。
まぁ、今なら、あそこまでねじる・反動をつけて放る投手は「後で苦労するタイプだよな」などと思うんでしょうが、あの頃はまだ「ねじれるなら、ねじっておけ。捻転差は大きいほど凄いボールとなる」と単純に思っていましたから、徹の迫力ある投げ方を気に入っていました。
右腕を体に巻き付けるかのような、大きなフォロースロー、投げ終わった後に定岡正二(元巨人)のように右足が高く上がるのも格好良かった。華があった。今でも写真なしでも思い出します。
あの頃は、西武の西口みたいになれると思ったものです。ああいう体全身をしならせて投げるタイプでしたから。見果てぬ夢があったんです。

ところが、2年目くらいから、コントロールの乱れを修正するためか、盗塁を許すケースが増えたのもあってか、テークバックを非常に小さくしました。その修正が左肩を故障する前かどうかという記憶はさだかではありませんが、それも加味して、だんだんと「普通の大人しい投げ方」になっていきました。その普通の投げ方でコントロールでも良くなれば、まだ良かったのですが、そこはリリースポイントが一定せず、右腕の振りに強さ・鋭さ・しなりが欠けていきました。
それにつれて、スピード自体も無くなっていった気がします。スピードはなくても、キレがあれば、コントロールがあればといいますが、今のプロで135㌔ほどが平均の右投げ投手は厳しいです。140㌔ならなんとかなりますが。その5㌔にはプロとアマを隔てる何かを感じます。

元々が投球が出来るタイプではありませんでしたし、良いイニングと悪いイニングの差があきらかにあるタイプだったので、試合をまとめるのも下手でした。良いと思った時期・投げ方も長続きしなかった。
捕手がうまくリードすればといいますが、前提条件として、投手が試合をまとめる能力(コンロール・変化球・気持ちを入れるギアの入れ方など)が無ければ、リードなど絵に描いたモチにすぎないでしょう。出来ない事を要求しているようなもんで。
凄みを活かしてリリーフをやれる訳でなく、投球をまとめて先発が出来る訳でなく、非常に中途半端な存在となっていった気がします。私自身も最初の思い入れと全く異なり、興味を失っていきました。徹には悪いけど。

その徹に少しだけ光を感じたのは、今季のサイド転向でした。シーズン途中の急造でしたから、もちろん、全く腕の振りは一定してはいなかったのですが、以前のように強く腕を振れるようになっていました。ブルペンで徹がサイドで投げているのをみて、急遽、雁ノ巣に居残ったのを覚えています。シーズン途中で大幅なフォーム変更など「アホか」と思って、興味は無かったのですが、投げるボールの良さに興味が出たのです。

しかし、徹はサイドは封印し、上投げでトライアウトにチャレンジするそうです。それでも良いと思います。もしかしたら、サイドで腕を振れた事が、上投げに戻した際に良い影響を与えるかもしれません。本人が納得する形でトライアウトに挑んで欲しいと思います。もし、腕が振れているのであれば、育成枠でいいから、もう1年プロで観てみたいという未練もあります。どこの球団であっても、もういちど夢をみせてくれ、がんばれ徹。



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宮地コーチの退団 

宮地コーチがホークス退団となりましたね。うーん、惜しい。どういう理由なんでしょうね。林に関しては、この2年間で特別に内野守備力が上がった感じはありませんでしたから、まぁ仕方無いのかなとも思いましたが(とはいえ、それ言ったら、鳥越コーチも首にならなきゃおかしかったんですけどね。林も熱心に指導するコーチでしたよ)宮地は分からんなぁ。(他球団からの引き合いでもあったのかしら)

雁ノ巣のあの破壊力は山村・宮地コーチの指導の賜物といっても、過言ではないでしょう。打率は低くとも、出塁率は高く、OPSはウエスタンNO1だし、ホームラン数は他球団を寄せ付けない数を誇っていますしね。5年前の雁ノ巣打線の大惨状を知っていれば、この数年で、ここまで凄い打線を作ったコーチを手放すなんて・・・。

あくまで、私の感覚ですが、1・2軍の大きな違いは、打撃でも投手力でもなく、守備力です。(人工芝と天然芝との違いもあって)守備力の安定力がありませんから、1軍では取られる打球が2軍ではヒットになるってことは少なからずあります。ですから、通算打率が高いってのは、打力の診る際の指標として、私の優先順位の1位ではないですね。(ヒットの質にもよりますが)2軍でヒットは打てるけど、長打がない打者が1軍で通用するのは、難しいかなという印象を長年ファームを見てきて感じる点です。

やはり、多少のインパクト精度は落ちても、捉えた時に遠くに飛ばせる、強い打球を放つ打者こそが1軍の壁を乗り越えやすいと思うんですよ。その指標となる、ダントツのチーム長打率を叩きださせた、両コーチは高く評価しなきゃならないはずです。そして、その指導の先鞭をつけさせた、当時の秋山2軍監督も。
彼以前の古賀・定岡・森脇2軍監督時代は、もしかしたら、今よりもチーム通算打率は高かったかもしれませんが、こいつは1軍でって選手は本当に少なかった気がします。その違いは、やはり長打力の違いにあったと感じます。

(脱線して、コーチ論をもう少し続けると)何度も言ってますが、ファームの打撃コーチの責任の範囲を定めるなら、チームのOPSを上げる事、一軍に行けるだけの成績を挙げる選手を創ることでしょう。一軍で打てないのをファームのコーチの責任にする風潮は大間違いだと思っています。
大体、2軍で打てないけども、1軍で打てる打者なんていないのですから、2軍の成績こそがファームの指導者の責任です。それ以上を求めるのは、酷です。何の為の1軍コーチ・監督か。ただでさえ、2軍コーチは1軍コーチに比べ、肉体的負担は大きく、経済的には恵まれていないんですし。(これと違い、投手コーチは2軍の成績を過度に重視するよりも、1軍で実績を挙げさせられるかを評価の比重としては高くすべきと思います。2軍で悪くても、1軍で良いピッチングが出来るってのはあり得ますから。これはいつか述べます)
2軍で打てて、1軍で打てないってのは、1軍の責任です。もっといえば、2軍コーチをスケープゴートとし、それへの改善策を怠った、編成・チーム全体の責任です。(今、ホークスでは1軍コーチがファームの試合をVTRで見る事を義務付けられているとか、これは秋山監督のスマッシュヒット作戦でしょう。この人って2軍で育成面を預けさせたら、バツグンの能力を発揮するんじゃないか?1軍監督よりも)

宮地コーチの指導として、印象に残っているのは、軸足の使い方、股関節・肩甲骨の柔軟性に重点を置いて指導をされていたことですね。
軸足にゴムを巻いて、後ろの様々な角度(軸足の真後ろだったり、斜め後ろだったり)から、ゴムを引っ張って、ティ打撃をやっている姿やフリー打撃前に肩甲骨や股関節のフニュフニャにするストレッチをさせて打たせたりと工夫を凝らすコーチでした。根本的な体の使い方を考えさせる、良い指導だと思って、好感を持って、見ていました。(腕の角度やら、瑣末な事に指導の重点を置いているように感じる、現2軍投手コーチとはえらい違いだとも)
そういや、江川がプロ入り初の大スランプに陥った時も「お前は考えすぎやねん。こうして、頭をすっきりせー。」と頭を振っていました。江川も「宮地コーチの教えをモノにしたい。」ってTVのインタビューで答えるほど、慕っていましたね。江川の復活に宮地コーチの存在があったのは疑いのないところです。技術論だけでは、ファームのコーチは絶対に務まりませんから、ああいった明るいキャラも雁ノ巣に必要だったのに。

宮地と同級生の小久保が08年4月に故障でファームにいたころ、宮地コーチとティ打撃をしていて、黄金時代の西武の話をしていました。「1番辻、2番平野、秋山・清原・デストラーデ、石毛やぞ。控えに安部、森、デーブや。どこで、出られんねん!!」って、二人で「凄まじいな。そら勝てんわ。」と苦笑いしていたのを思い出します。私とそう年は変わらない、宮地があのメンバーと戦わなきゃならんかったんだなぁとなんか凄く大人に見えた気がしました。これからも、いろんなものと戦っていかなきゃならないでしょうが、トップランクのコーチになれる逸材と信じてますから、野球を諦めずに頑張ってもらいたいです。

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