緊急登板

ここ数日、出張続きで、TVでもホークス戦を見てなかったのですが、今日はヤン君の先発をドームで見届けて参りました。(ちなみに雁ノ巣にも昼間行ってきました。フラフラです)まぁ、この試合の事はあまり語りたくないので、やめときます。今日の敗戦の一番の責任を感じて欲しいのは、エース杉内だということだけは言っておきます。

さて、緊急登板で思い出すのが、福岡ホークス元年の89年7月。加藤伸一(あいつも当時のエースだった。ガラスの)が、指にマメが出来たとかで、急遽、二軍から「松本 卓也」という投手を呼び寄せ、先発させた試合です。
私は、友人(近鉄ファン)と加藤を観にいこうと平和台に足を運んでいたのですが、南海ファンだった私が、先発投手を聞いて「誰や それ?」となった稀有な投手でした。松本は、その年のドラフト3位で入団した投手だったのですが、私は当時、今ほどドラフト選手に関心が強くなく、1・2位選手を把握していたくらいでした。(ドラフト・ホークス情報も恐ろしく少ない時代でした。ファームも平和台をホームグランドとしてて、ウチからは遠かったし)
その松本、初回にバナザードの3ランなどで打線の援護を得て、飄々と放り(顔も飄々としていました)なんと、その試合を勝ってくれました。実は、それが私が福岡ホークスの試合を観に行って、初めて勝った試合でした。
松本は、今の星野順治のような、サイドとスリークォーターの間の高さから放るような変則型の投手で、(初めて、星野を見た時、「松本卓也やん」と思いました)フォークを得意にしていた投手でした。2年目に恐らくなんらかの故障を起こし、3年ほどで引退したはずです。その年、松本は4勝を挙げてくれましたが、ホークス元年のドラフト選手では最も活躍した選手といえるでしょう。

恐らく、大部分の方には、どうでも良い話だったでしょうが、私にとっては、初めて、福岡ホークスの勝ちを見せてくれた投手(一年目の前半は、平和台で勝てませんでした。外弁慶とかいわれてたくらいで)として、忘れられない投手です。

テーマ : 福岡ソフトバンクホークス - ジャンル : スポーツ

コメント

No title

松本卓也 よく覚えてます一年目活躍したのに一回のケガで引退したのは よほどのケガか 何かの事情があったのか当時謎でした 確かに飄々としてましたね(笑) 松本で思い出しましたがやはり似たタイプで本原という投手が巨人から移籍して 前半戦だけで8勝くらいしてオールスターまで出ましたよね?…すっかり忘れてましたが松本投手の話題で思い出しました…彼もやはりその後あまり活躍できなかったのが残念です あ、高島なんて投手もいたなぁ 当時は弱い投手陣で 杉本や新浦 間柴 今井雄太郎 永射 と御老体を集めましたねぇ(笑) ゴセージもいたか!(笑)

なんか懐かしいです…アンダースローの足利なんて投手はもっと息の長い投手としていて欲しかったんですが…。

あ ガラスのエース加藤と言えば 彼があんなに長くまで現役で投げるとは予想できなかったですよね!…吉田豊と同様 南海戦士の最後の生き残りが彼らになるとはは思いませんでした…。 本当に人間は後の工夫や頑張りによりスタイルを変え頑張れるものなんですね。 藤本修二どこいった?…という感じです。

話しは変わりまして 少年野球の間違った指導者の 管理人様の御意見に 強く賛成で、松中と同い年の私の中学時代の 野球部監督は 漫画に影響されたのか? タイヤ引きをいきなりやらせ しかも紐にタイヤをくっつけただけのものだから タイヤの重量が全部紐の一点にかかり 腰の横の一部に食い込み みみずばれのように肉に食い込み 血がにじむだけで なんの訓練にもならず(今でも傷あとが残ってます) 練習の辛さではなく 食い込み痛さを訴えても 甘えるなと コンクリに正座させられ殴られるだけ… 。

しかも技術的にも その監督はど素人で、右投手に思いきり左肩をおもいきり開きその 反動で投げろ!…と教えていました 今考えると、とんでもない事を素人考えで教えていたと…強く憤慨です…。

永井さんのようなプロが教えれば 子供達も喜び モチベーションが上がり 野球が好きになってくれるでしょう。 これからも 将来有望なちびっこがホークスに入りたくなるよう、下心も持ちながら(笑) …Jr.ホークスのような サッカーのユースみたいな組織を作ってほしいものです。

それではお仕事大変のようですが 体調に本当に気をつけられて また楽しい記事を書いてください、ご苦労様です。

No title

>ほーくすくすさん

おぉ、松本を覚えている方がおられるとは。当時のホークスは、両山内・加藤・藤本・西川ら横の揺さぶりで勝負する先発投手が多かったので、松本や本原のようなフォークで空振りが取れる投手は貴重でした。

加藤は、ダイエー時代は本当にガラスの中のガラスって感じで、1年やっては、3年休むって感じでした。王さんの一年目に解雇され、後にラジオで、王さんを見返したい想いで現役を続けたとか言ってましたが、当時、雁ノ巣で加藤を見た感想は、「もうダメだろ。」って感じでした。ストレートは走ってなかったし。(加藤のファンであった私ですらそう思ったくらいで)95年までダイエーが解雇しなかったのが不思議っていえば、不思議だったのですが、やはり本人は「俺はやれる。」って思っているもんなんだなぁと加藤のしゃべりを聞いて感じました。

そういえば、福岡で解説をやられていた、加藤の師の故河村英文氏は、「加藤は、オールスター(84年)で、400勝投手に「ワシがカーブの投げ方教えたる。」と指導を受けて、肩を壊しよった。あとで、こっぴどく叱った。」と仰っていました。いらんことをしよって、金田め。

No title

…管理人様お疲れ様です、 最新雁ノ巣リポートの方に投稿したかったのですが、どうやら携帯電話用に変換した時に、投稿用の名前 アドレス 等全てと 送信のクリックする所が同じページにないと、私の携帯電話からは投稿できないので、やむなく前のエピソードに投稿することをお許しください、 誤字脱字や携帯電話ならではの改行がお見ぐるしいでしょうが そこは下手くそな若手をみる温かい目でみていただくと幸いです。(笑)

大田原は この時点でフォームの改造に着手したのは(ものにするのに時間がかかり)近いうちに一軍は難しいと考えるのが普通ですが 逆を言えば、右への内角のクロスファイヤーの課題をクリアすれば一軍へのゴーが出るということなのでしょうか? いずれにせよ 外人投手の自滅よりは大田原の一発 はまる投球にかけてみたい気がしますが… これからの成長にかけ、オリンピック期間に間に合うよう期待しましょう。

オリンピック期間といえば フェニックスリーグでの爆発や 自主トレでの英才教育から もしかしたらオリンピック期間中に福田がショートに入らないかな?…とシーズン前に淡い期待をしてしまいましたが まだまだですか…。 彼は高校時代は 新城や原のように球を捕まえて滞空時間の長いアーチを打つタイプでしたが、いかんせんパワー不足でした、しかし全体の体をうまく使い飛ばすのは天性のものをもっていたので 管理人様のリポートを見てよけいに、 いやおうがなしにも期待してしまいます(笑)… 福田のように我々が目にする事のない選手を管理人様の成長日記を見つつ、将来像を想像するのが非常に楽しみです大変でしょうが、 本当にこれからも宜しくお願いします。

佐藤はやはり病気でしたね! 一試合ぐらい打たれたくらいで 佐藤くらいの経験のある投手が落ちるのはおかしいと思っていました。

追伸 川崎がオリンピック期間中に抜けたら、今は慣らしでDHの明石、仲沢にショートを任せ 、一軍枠も開くことですし、DHに小斉はどうでしょう?

No title

>ほーくすくすさん

大田原は今のアウトロー中心のピッチングでも1ヶ月くらいなら上でも通用すると思うのですが、いかんせん、アウトロース中心だと踏み込まれますから、いずれ苦しくなるかなぁと。もし、大隣のようなクロスファイヤーをモノにすれば、即一軍だと感じます。とりあえず、そういった事を強く自覚する為にも一度、一軍で先発をさせて欲しいですね。どうせ、外人投手でも勝てないんですから。

福田は昨年一年で、下半身が非常にどっしりした感を受けます。ボールとバットの接地時間が長く、ボールを運べるタイプですね。左打席は、本当に好きなタイプのフォームですので、期待大です。ただ、守備は・・・・。純粋で熱心な選手ですから、鍛錬して巧くなる可能性は大です。

先日、小斉は初球やファーストストライクから打っていってました。これは、オカワリ君のように一軍での代打を意識した結果なのかもしれません。それでも、強い当たりをしていました。ただ、守備はね・・・。DHで行って欲しいですね。いけると思います。
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