2000年のリーグ優勝

年末年始、福岡ではホークス関連の特集TV番組が多く組まれます。今年も幾多の番組を堪能出来たのですが、今年は福岡ホークス20周年ということもあり、今までの思い出のシーン集のような番組がいくつかあり、非常に楽しく見る事が出来ました。思い出の外国人特集なんかもよかったですし。
その「思い出ベスト10シーン」番組ですが、2000年のリーグ優勝について、あまり触れられていなかったのが、ちょっと意外でした。どっちかというと、03年の優勝よりも語り継ぐべきものは多いんじゃないかなと。まぁ、人の評価はともあれ、私的には非常に思い入れが強い優勝が2000年のVなのです。私自身が、故郷福岡を離れ、彷徨ったあげくにやっと戻ってこれた年の優勝だったというプライベートなことも含めて。

にほんブログ村 野球ブログ 福岡ソフトバンクホークスへ←あの年、雁ノ巣で、ブルペンで投げ込む故藤井将雄を見たことは忘れられません。まさか、あの時、ガンを抱えながら投げていたなんて思いもしませんでした。藤井ハリーの胴上げをもっと取り上げて欲しかったなぁ。
あの年の優勝は、私的には、「王監督の采配力」を最大限に発揮出来た優勝だったと思っています。なんといっても、先発投手で10勝投手が一人もいないという、優勝チームでは有り得ない状況で、中継ぎ投手を早めに投入し、試合を作っていったのは「こんな戦い方があるのか?」と目からウロコが落ちた気分でした。
とかく、王さんの投手交代は批判の的になりがちでしたが(いや、どこの監督もそうか。投手交代なんて、基本的にはタイミングよりも「投入できるコマを創れるか」の方が重要なんだけどね)この年の優勝なんて、投手交代の妙を王さんが心得ておられる事がよく分かるものでした。
特に雁ノ巣ファンの誰もが「もうダメだろ」と見放していた渡辺正和や長富あたりのベテランを重用し、フル回転させたのも「王再生工場」といっても良いほどの傑作采配でした。

で、こうした投手不足を支えるべく頼みとする打線も井口・城島・浜名・柳田といったセンターラインが怪我・不調などで、長期欠場するなど、決して頼みとなれるほどの状態ではありませんでした。
そうした状況を、坊西・本間・鳥越・大道といったワキ役が、チームを救ったのも印象深いです。城島が怪我から復帰したあと、坊西を代打の切り札として起用したのも素晴らしかったです。まさか、坊西があんなに巧い打撃を展開するとは。私が監督なら、代打で坊西を起用しようなどハナっから考えなかったでしょう。城島欠場中の打撃も大した事はなかったですし。日々、打撃練習を見つめている、プロの監督の見る目はやっぱり違うと思い知らされました。

この年は、ヒーローインタビューなどで選手が大人になったなぁと感じる事も多かったです。何を考えているか良く分からないようなポヤっとした若田部が、負けられない西武戦で完封し、「(負けられないという)みんなの気持ちをひとつにして、僕がボールに込めて投げました。」とコメントした時は、本当に鳥肌が立つ思いでした。そういった人間力の向上といったものが、ワキ役の活躍、土壇場での9連勝による逆転優勝に繋がったのだろうと思っています。

そして、こうしたチームを創った王貞治の監督力に心から敬意・全幅の信頼感を感じるようになったのが、この年の優勝でした。

テーマ : 福岡ソフトバンクホークス - ジャンル : スポーツ

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