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2001年 ホークスドラフト史 

2001年 ホークスドラフト指名選手

① 寺原 隼人 18 投 日南学園
③ 杉内 俊哉 21 投 三菱重工長崎
④ 神内 靖 18 投 延岡学園
⑤ 北野 良栄 18 捕 星稜高
⑥ 飯島 一彦 25 投 新日鉄君津
⑦ 養父 鉄 28 投 兄弟(台湾)
⑧ 井手 正太郎 18 外 日南学園

戦略タイプ 一言
良バランス型 ポスト修司・ペドラザを模索中

ドラフト評価
-Aランク

(実は逆指名じゃなかった杉内指名)

この年も前年同様、貪欲なドラフト展開を演じる。春頃には、前年のシドニーオリンピック出場投手で社会人NO1左腕とされた杉内の自由獲得枠指名(この年より導入。ドラフト1位という順位付けがなくなった、最大2名までの逆指名制度)の方針を打ち出していたが、8月の甲子園で寺原フィーバーが起こると、一転、九州の宝を奪われてなるものかと寺原取りに方針転向した。当時の逆指名制度は、高校生を1位指名するとそれを利用出来ない形であり、その為に強固な杉内の囲い込みを行い(ホークスじゃなきゃ、会社に残る言わせた)、逆指名でなく、ウェーバーによるドラフト3巡目での獲得を画策した。
当時のホークスファンからすれば、理不尽な球団の心変わりを受けながらも、満面の笑顔で入団してくれた杉内に非常に良い印象を持ったものだった。逆に寺原は巨人に入りたかったらしく、不満そうで、微妙な感情を彼に持った。

ちなみに寺原がいなかった場合、杉内ともう一枠の自由枠指名として、青学の石川(ヤ)を狙っていたんじゃないかと思う。そういった噂もあった。(さすがに石川までは杉内のようには囲い込めなかった)現在の球界を代表する二人の左腕エースを反故にする可能性があっても、寺原にこだわった当時の球団の思い入れとフットワークの軽さには驚かされる。

(エースと主砲の獲得)

その寺原は、ホークスでは芽が出そうで出なかった。ルーキー時には、先発もしたが、主に中継ぎで一軍で起用され、勝ち運に恵まれ、6勝を挙げ、次の年には先発で開幕6連勝したが、その後、長いスランプに陥る。
ルーキー時から雁ノ巣でも観ていたが、そこでも圧倒的な投球が出来ていた訳でもなく(バカ打たれするシーンも何度か観ました)、プロで生きていく為の決定的な能力を磨く前に、投手不足の状態でもあった為、なんとなく一軍で起用され、どこにでもいるような投手に陥った印象だった。彼の育成の失敗は、吉本亮の失敗と同じくらい、教訓にしなければならないだろう。
結局、その芽が出たのは移籍先の横浜となってしまった。育成の失敗と書いたが、ホークスとしては、寺原によって、多村という現在の主砲を獲得出来た為、この指名自体は意義は大きかったと言える。この年は、10年リーグ優勝のエースと主砲を獲得したともいえるし、それだけで十分にAランクの指名と評価したい。

(バランスの良い指名)
また、この年は将来の左(神内)右(寺原)のエース候補(神内は2年次までは寺原より評価は高かった)、即戦力先発(杉内)、中継ぎ候補(飯島・養父)、スラッガー(北野)・アベレージヒッター(井手)候補とタイプが異なる選手をバランス良く獲得している事が目に付く。

甲子園で5割以上を打った天才型バッター井手を獲得したのは、当時、巨人志向が強かった寺原と日南学園側への配慮かと勘繰ったが、誤りだった。井手のバットコントロールの良さは、1年目から雁ノ巣でも際立っており、井手の実力による指名だったといえる。
1年目にパワフルなスウィングで王監督の目を引き、ファームでも高打率を叩きだした北野だったが、その後伸び悩んだ。徐々に高校時代の大きなフォームからコンパクトなスイングになったが、その分、持ち味が消え、雁ノ巣でもゴロ製造機となっていった。

この年はそれまでチームを支えてきた中継ぎ・抑え崩壊の予兆が後半にみられ、それを憂慮した王監督が変則型の投手を所望し、飯島・養父の指名に繋がった。王監督は打者には王道タイプの振り切るスウィングを好むが、投手には一癖あるようなタイプを好まれていた。私は中継ぎ投手をドラフトで取ろうとするならば、社会人出身で25歳以上の投手が良いと思っているので、大きく実を結ばなかったが、この二人の指名には納得がいった。それだけに解雇したのが、両投手とも、それぞれ一年早かったと感じてならない。
特に飯島は02年の開幕当初、抑えのペドラザが不調の中、ストッパーにちかい大車輪の活躍を見せただけに惜しかった。

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テーマ: ドラフト会議 - ジャンル: スポーツ

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コメント

王楽さんお疲れ様です、この年はまだ亡くなった根本イズムが色濃く残り 貪欲なドラフトでしたね、杉内の自由枠を外すなんてリスキーな賭けに出てかなりヒヤヒヤしたものです。

寺原は公式デビュー戦(だったと思うんですが(汗))をドームに見に行きましたが、薄々感じていましたが あれ? という感じでしたね、コントロール悪くても粗削りに豪球投げまくる姿を期待していましたが、まさに物足りない感じが甚だしく、それでも試合は作り まずまずの結果だっただけに微妙な気持ちになりましたね、なまじルーキー時代に結果が出たのが自分を見つめる時間を無くし、裏目に出ましたね。

杉内は鹿児島時代は工藤ばりのカーブを投げていい投手だったんですが、やはりプロに行くには球威不足だなぁ… と思ってましたが、社会人時代に見違えるようにスピードが上がって不思議に思ってたんですが、当時出始めたチューブでの加圧トレーニングをしているのをテレビで見て目からウロコでしたね、血流を制限し負荷をかけるなんてこんな理論のトレーニングがあるのか!と… 社会人時代にきっちり足りない面を克服し、今度は逆に力まないという ある意味で究極の悟りみたいな投法を身につけた杉内の、自分を進化させるための方向性を探りあてる嗅覚は物凄いものだと思います、意外とカッカする熱い性格も、あの椅子殴り事件も自分を良いほうに変えるターニングポイントに変えたあたりも、崖に落ちても新たな道筋を見つける登山者のような、正しい道筋を見つける嗅覚こそが、体格恵まれない彼がエースにまでなった最大の武器でしょう。


神内はなんか三年以降?まったくスピードが出なくなった印象でしたが、プロ入りして何年かして、ムッチムチな身体に変身して、スピードガンはでないけど、まさにパワーピッチャーになったのが驚きましたが、あの筋肉のつけかたは負担かかるんじゃないか?? と思いましたね(それが後年の不調に繋がっているかは解りませんが) 一時は河本みたいにならないかなぁ?と期待したものです。

北野は期待してたんですよね! いきなりルーキーの時 春に三塁打打って、王さんの評価も高かったんですが、彼は逆に道に迷い とうとう一軍の道を見つける事ができませんでしたが、競輪という新たな道を見つけ、頑張っているのがホークスファンとしてはうれしいかぎりです。

飯島のシンカーはまさに 魔球でしたよね! 球場に行った時も打たれる気がせず、当初は今の摂津並のインパクトでした、王さんは確かに中継ぎは一癖あるタイプ好みましたね(笑) 私も永射や飯島みたいのは好きです(笑) 後は豪快に球威とフォークでで抑えこむタイプ(笑)

飯島は見込みないくらいの怪我だったんですかね? あのシンカーだけでもご飯食えたんですが…摂津の精神も含めたタフさは改めて凄いなぁ それだけにメンテナンスはしっかりして、後年のリリーフ投手の寿命が延びるようなメンテナンス方法を考えてほしいものです。

養父鉄は 名前からアジア系の外国人に間違われる…みたいな話題と 後年、外国で活躍しかけて事件起こしたくらいしか記憶ないんですよ ジャンクスポーツにも出たかな? 投げてる試合も一試合くらいしか見てないし。

うーん 成功すれば多田野みたいなタイプでしたっけ? ギクシャクあまり球威なかったような…。

井手も 確かに寺原のバータみたいな印象がありましたが、違いましたね…あやまりたいと思います、彼はチャンスを掴みかけてはケガで離脱… 井手牧場で牛乳飲んで丈夫な身体にならなかったんか?(笑)

横浜でなんとか 自慢の右打ちで横浜スタジアムのライトへほおりこんでほしいものです。

ほーくすくす #- | URL
2011/01/21 13:43 edit

Re: タイトルなし

>ほーくすくすさん
> 王楽さんお疲れ様です、この年はまだ亡くなった根本イズムが色濃く残り 貪欲なドラフトでしたね、杉内の自由枠を外すなんてリスキーな賭けに出てかなりヒヤヒヤしたものです。

これくらいの囲い込みの再現を目指してもらいたいもんです。最近は舐められてるなぁ。九州の有力選手は他に渡さんぞという気迫が足らん気がします。

> 寺原は公式デビュー戦(だったと思うんですが(汗))をドームに見に行きましたが、薄々感じていましたが あれ? という感じでしたね、コントロール悪くても粗削りに豪球投げまくる姿を期待していましたが、まさに物足りない感じが甚だしく、それでも試合は作り まずまずの結果だっただけに微妙な気持ちになりましたね、なまじルーキー時代に結果が出たのが自分を見つめる時間を無くし、裏目に出ましたね。

そうなんですよね。意外にまとまってんなぁ、でもまとまっているけど、特長ないなぁってのがプロの寺原の感想でした。はじめて近くでみて「こんなもんだったんや」と思った投手の1人でしたね。(他は山田秋、大隣なんかはそれでした)

> 杉内は鹿児島時代は工藤ばりのカーブを投げていい投手だったんですが、やはりプロに行くには球威不足だなぁ… と思ってましたが、社会人時代に見違えるようにスピードが上がって不思議に思ってたんですが、当時出始めたチューブでの加圧トレーニングをしているのをテレビで見て目からウロコでしたね、血流を制限し負荷をかけるなんてこんな理論のトレーニングがあるのか!と… 社会人時代にきっちり足りない面を克服し、今度は逆に力まないという ある意味で究極の悟りみたいな投法を身につけた杉内の、自分を進化させるための方向性を探りあてる嗅覚は物凄いものだと思います、

社会人で体がゴツくなりましたよね。五輪で投げる姿に見違えましたもん。プロ1・2年目は杉内も「ロッテからしか勝てない。」などと言われていたのを思い出すなぁ。松坂がそれを必死で「アイツは良い投手ですよ。」ってマスコミに否定してまわったとか。

>意外とカッカする熱い性格も、あの椅子殴り事件も自分を良いほうに変えるターニングポイントに変えたあたりも、崖に落ちても新たな道筋を見つける登山者のような、正しい道筋を見つける嗅覚こそが、体格恵まれない彼がエースにまでなった最大の武器でしょう。

ちょうどあの事件の直後に我が娘が誕生しました。(苦笑)まぁ、投手はあれくらい気性が荒いくらいが良いですね。打者時代ですが、大越なんかも雁ノ巣で三振して、バットを叩き割って暴れまわってたもんなぁ。

> 神内はなんか三年以降?まったくスピードが出なくなった印象でしたが、プロ入りして何年かして、ムッチムチな身体に変身して、スピードガンはでないけど、まさにパワーピッチャーになったのが驚きましたが、あの筋肉のつけかたは負担かかるんじゃないか?? と思いましたね(それが後年の不調に繋がっているかは解りませんが) 一時は河本みたいにならないかなぁ?と期待したものです。

神内は「なんか、右投げが左投げしたような変な投げ方やなぁ。まぁ左はそれが逆に良いかもしれんけど。」って思ったのが第一印象でした。雁ノ巣でも珍しく、1年目からある程度投げてたんじゃなかったかなぁ?

> 北野は期待してたんですよね! いきなりルーキーの時 春に三塁打打って、王さんの評価も高かったんですが、彼は逆に道に迷い とうとう一軍の道を見つける事ができませんでしたが、競輪という新たな道を見つけ、頑張っているのがホークスファンとしてはうれしいかぎりです。

一昨年、福岡のラジオにも出て、元気にインタビューを受けていました。がんばってんなぁと嬉しくなります。野球選手の後半は本当に暗い感じでプレーしていましたし。

> 飯島のシンカーはまさに 魔球でしたよね! 球場に行った時も打たれる気がせず、当初は今の摂津並のインパクトでした、王さんは確かに中継ぎは一癖あるタイプ好みましたね(笑) 私も永射や飯島みたいのは好きです(笑) 後は豪快に球威とフォークでで抑えこむタイプ(笑)

リリーバーはサイドスローが似合いますね。鹿取なんかの影響かな。変化球で一番好きなのはシンカーなんですよね。東京ドームで小笠原をシンカーで三振に打ち取ったシーンは忘れられないですね。この年はペドラザが不調で、飯島に負担が掛かりすぎましたね。もったいなかった。

> 飯島は見込みないくらいの怪我だったんですかね? あのシンカーだけでもご飯食えたんですが…摂津の精神も含めたタフさは改めて凄いなぁ それだけにメンテナンスはしっかりして、後年のリリーフ投手の寿命が延びるようなメンテナンス方法を考えてほしいものです。

飯島は後年は雁ノ巣でも記憶にないですね。リリーバーのメンテは仰るとおりですね。どっかで10日間くらい夏休みをやるとか(あぶさんでありましたね)、そういった部分も含めて考えてやって欲しいです。

> 養父鉄は 名前からアジア系の外国人に間違われる…みたいな話題と 後年、外国で活躍しかけて事件起こしたくらいしか記憶ないんですよ ジャンクスポーツにも出たかな? 投げてる試合も一試合くらいしか見てないし。うーん 成功すれば多田野みたいなタイプでしたっけ? ギクシャクあまり球威なかったような…。


雁ノ巣では結構見る機会がありました。まぁ、135㌔出るか出ないかで左右にボールを散らすという一昔前の投手だなという印象でした。ボール自体もキレよりもドスンという重いタイプで。今なら、金沢なんかに似ているかな。ギクシャク度は多田野にも似ていたかも。

> 井手も 確かに寺原のバータみたいな印象がありましたが、違いましたね…あやまりたいと思います、彼はチャンスを掴みかけてはケガで離脱… 井手牧場で牛乳飲んで丈夫な身体にならなかったんか?(笑)
> 横浜でなんとか 自慢の右打ちで横浜スタジアムのライトへほおりこんでほしいものです。


この年のメンバーだと正太郎に思い入れは一番強いですね。04年に開幕スタメンだった時は本当に嬉しかったなぁ。怪我がですね・・・。

王楽太陽 #B9vKlaaI | URL
2011/01/23 18:54 edit

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